秋田農家ルポ:親子で担う地域農業(佐藤和仁氏)/秋田県農機ショー特集

(株)ISEKI Japan東北カンパニー秋田営業部横手営業所(横手市大屋敷町字中野555の1)の紹介で横手市平鹿町の佐藤和仁さん(56歳)を訪ねた。和仁さんが営農する十五野地区は園芸メガ団地が整備され、ホウレンソウ、小松菜の団地やシイタケの周年栽培も盛んで全国から視察に訪れる。「うちはそこには入っていない。元々土地が少なくて、借りてまでやる時代でなかったし、借りて採算が取れるかもわからなかった。親父から引き継いだ時に、少し上の世代が始めていた施設園芸に興味があったので、複合経営化した」と話す。和仁さんは水稲15ヘクタールとミニトマトとアスパラ菜を200坪あるハウスで栽培している。妻の一枝さんと長男の裕也さんの3人で主な作業を行いながら、両親に草刈りなど軽めの作業を手伝ってもらう家族経営農家だ。「今年のハウスは予定通りいかず120坪くらい。田んぼが急激に増えてきたので手が回らない」そうだ。
取材した9月24日時点での米の出来具合を聞くと「刈り始めたばかり。思っていたより収量は少ないが、品質は良い。前回出荷分はオール1等米だった」という。収量減は1~2割ではないかとのことだった。今年は周囲の高齢化と機械の老朽化から5~6町歩ほどを作業受託することになった。高齢者や勤め人の圃場は細かい管理ができておらず、荒れている田んぼもある。「受託は1反歩いくらで引き受けているから収量は関係はないが、カントリーに持っていくと割当面積分に満たないため、収量は少ないようだ」とのことだった。「自分の田んぼの進行具合は想定通りだが、こんなに収穫が早まるとは思っていなかった。例年であれば昨日今日あたりから収穫開始くらい」とも。やはり夏の高温化が影響しているようだ。
米価上昇について水を向けると「たまたま運が良かった」と笑う。「ここ数年で農機具の大型化や台数増を進めている。元々は、こういう大規模農業は目指していなかった。先祖代々築いてきた土地を守っていければと思っていた」。
その流れが5年ほど前に変わった。長男の裕也さん(29歳)が農業をやりたいと就農することになったのだ。それをきっかけにこれまでの農業から転換した。
使う機械はオールヰセキ製。神納商店の時代からの付き合いだ。「機械そのものの良し悪しはいろいろあるが、故障した時の対応が良い。何十年という付き合いの中で、担当者は変わっても、電話1本でその日のうちに何かしらの連絡をもらえるので助かっている」。
他社の機械に触れたことはなかったが、今年、ヰセキから他社製の中古コンバインを購入した。「全然違う。やはり慣れた機械の方が使いやすい」との感想だ。コンバイン増車のきっかけは、乾燥機の更新時、栽培面積の稲刈りができなかったことだった。「乾燥機を2台所有しているが、2台合計100石で、午前中から乾燥させ、午後から4条1台で稲刈りすると、真っ暗になるくらいまでかかっても終わらない。コンバインがもう1台必要になった」。ヰセキ製品で探していたが、他社製品を使ってみたいという思いもどこかにあり、たまたま他社の中古が出たこともあって、すぐさま担当の渡邊裕司氏に連絡し購入した。
渡邊氏との付き合いは、息子の裕也さんが就農した頃から。当初は和仁さんが機械について対応しており、裕也さんとの接点は少なかったが、それも今では変わってきている。「今は息子の方が機械に詳しい」そうで、渡邊氏とのやり取りは、ほぼ裕也さんが担う。購入の最終決定は和仁さんがするものの、使いこなすのは裕也さんの方だ。
和仁さんは渡邊氏を「友達以上恋人未満。気さくで話しやすい友達」と評す。今後の展望や希望について、実際に裕也さんと話すように「引き込む」という。「何をするにもまず機械が必要。予算とか経営規模など、いろいろな農家をみてきているから頼りになる。アドバイスしてくれれば、再度検討しようという感じで、その点はかなり助かっている。機械屋という意識はあまりない。機械の更新時などは相談するが、普段は冗談を言い合って。忙しい時は『縁起が悪いから来るな!』と言えば、『明日も来る!』と返ってくる。そんな関係」とのこと。渡邊氏も「いつでも寄れるし、何でも喋れるお客さん。自分がわからないことも教えてくれる。機械の直し方について、裕也君と一緒にやってくれたり。勉強させてもらっている。だから、何かやってあげたいなと思う」と話す。うらやましいほどの良好な関係がうかがえる。
悩みを聞くと「今やっている経営が果たして正しい方向に向かっているのかということが1つ。誰しも思っていることだろう」と話す。「今後の米の値段にしても、意見は様々。どうなるかはわからない。取材で、ああだこうだと言っても、それで国が動くならとっくに動かせているはず。動かせなかったから、今の状態がある。だから農政も大事だろうけど、やはり身近なこととして、自分たちは今後どうしていくか。ここが一番の問題」。その中でどうしていくのか、将来のことを聞いた。「農機を少し大型化したので、もう少し規模拡大してもいいかな。条件にもよるが、20町歩前後であれば今の家族経営でもできるんじゃないか」との答えだった。
所有する機械はトラクタで下は18PSから60PSまで7台。コンバインは50PSと70PSでどちらも4条刈。田植機は8条が1台。受託の際に機械ごと引き受けた物もある。「台数は多い。私も息子も機械が好き。調子が悪くて処分するものを安く譲ってもらい、丁寧に直して使っている」。裕也さんは元々、車の整備士をしており、資格も持っているという。「息子に農業を継がせるつもりはなかった。ただ、小さい頃からトラクタに乗せたりはしていた。車の整備士になるというので、そういう方向に進むと思っていたら、数カ月後に、退職して就農すると言い出した。いろいろ話して本人も納得し、私ももう息子の決定には口出ししなかった。今は、おかしなことをすれば、それでいいのかとはいうけれど。最終責任は私が取るが、ほとんどやりたいようにやらせている」と話す。父親としても素晴らしいが、あまりにも理想の上司過ぎてうらやましい。その思いそのままに、「素晴らしいですね」と口にすると、「いやあ、自分が楽したいだけですよ」と笑った。
水稲は2人で作業するが、野菜は裕也さんが計画を立てて、指示があれば和仁さんがそれを手伝う。野菜の売上げは妻の一枝さんと裕也さんの口座に入るようにしている。「給料制にしたいところではあるが、頑張った分が口座に入る方が面白いはず」という。「若いころ、親父に『2万円下ろすよ』って言うと、『ムダ遣いするなよ』と言われていた。大きなお世話だと思って、それが嫌だった。親になればその気持ちもわかる。そんな言葉が喉まで出かかるけども、そこは息子の立場になって我慢する」と。裕也さんは、何も言わずとも、今日も朝早くから作業をしていたそうだ。「何かしら目的があってやっている。もうそれでいいんじゃないかな」。農家の家族経営での親子関係は難しい。よく聞く話だが、佐藤さん親子はどうやら違っていた。理想的な仲間としての親子関係が伝わる、そんな取材だった。
取材を終えてハウスを出ると、裕也さんが今年買ったばかりのコンバインをトレーラーに載せて、いつでも刈取り作業に出発できる状態で待っていた。「最近はいつもこんな感じですよ」と言った和仁さんは、どこか誇らしげに見えた。









