盛大に創業100周年記念式典/カンリウ工業

カンリウ工業(株)(長野県塩尻市広丘野村526の1)は1日、長野県松本市内のホテルブエナビスタで、創業100周年記念式典を開催するとともに、さる6月20日に開催した同社の定時株主総会並びに取締役会で、藤森秀一社長が代表取締役会長に、後任の新社長に専務取締役の藤森俊介氏が昇任したことを明らかにし、新体制で「次の100年」に向け力強く出発した。式典には、業界関係者、会社OB、金融関係者等地元政財界関係者ら約100名が出席した。
同社は、大正14年(1925年)4月、創業者藤森淳一氏により大阪に合資会社大阪精米機製作所として設立。カンリウ式精米機、押麦機の製造販売に着手。昭和20年6月大阪工場が戦災にて消失。藤森淳一社長の生地・長野県松本市に疎開。同36年6月商品名であるカンリウ式精米機をとり、社名を「カンリウ工業株式会社」に変更、現在地に本社工場を移転。
昭和40年田植え作業の労力軽減をめざし「日本初」の人力田植機と育苗機を合わせて開発、販売、育苗箱の規格を制定する。昭和50年「上扱式超小型自走式自動脱穀機」(総称:あずさ)を開発・販売するなど、研究開発型企業として「日本の農業史に『カンリウ』あり」と、歴史を刻んできた。
また、ASEANはじめ海外市場にも積極的に進出し、2023年には開発途上国の経済発展と工業発展の支援を目的とした国際連合工業開発機構UNIDOのサステナブル技術普及プラットフォーム「STePP」を取得した。
開式に先立ち、100年の歴史を創業・発展期・未来にわけて、時代を画した人力田植機はじめ数々の「名機」とともに映像で紹介。特に同社の企業理念である(1)従業員の幸福(2)お客様の満足(3)取引先の繁栄、の3点を強調した。
冒頭あいさつに立った藤森新会長は、出席者に謝意を表したあと、AIに100年存続してきた会社がどれくらいあるか聞いたところ「一般的には0・03%」が存続できるという数字を紹介。「0・03%の中に入れたことはありがたいし、めでたいと考えている」としつつ、今日の令和の米騒動に触れ、「農業が注目されている。私どもにとって大変にありがたい風が吹いている」と述べた。
また、海外市場の展開については、コロナウイルスの前にはASEAN(東南アジア諸国連合)に注力していたが、コロナでストップ、そのあとはアフリカに進出した。令和5年には国際連合工業開発機構UNIDOのサステナブル技術普及プラットフォーム(STePP)を取得したと紹介。そして、6月20日の定時株主総会並びに取締役会で「私が社長から会長に、俊介専務が社長に昇任した。このような後継者を得られたことは、100周年の節目として非常にありがたいことだと感謝している。新社長の下で次の100年の出発を、そして事業の拡大・成長を一緒にやっていきたいと思っている。今後ともぜひ変わらぬ支援をお願いしたい」と述べた。
次いで、あいさつした藤森新社長は、「まだ凛とした会社にはなっていないので背筋を伸ばして経営に邁進したい。そのためには本日お集まりの皆様のご協力が必要だ。そして110周年、120周年と迎えたい」と決意を述べ挨拶を結んだ(社長挨拶は別掲)。
来賓祝辞には、伊佐治裕子・松本市副市長、石坂健一・塩尻市副市長、(株)八十二銀行広丘支店・中島将隆支店長、(株)商工組合中央金庫松本支店・横山亮支店長の4氏が立ち、それぞれ地域農業の振興に尽くした同社の貢献を称えるとともに、今後とも地域全体を盛り上げる力となって欲しいなどと期待を寄せた。
最後に、100周年の記念新製品としてモーター仕様の肥料散布機「MF400EV」とハイエンド業務用精米機を発表、技術部の茂原正行課長が製品説明した。業務用精米機の発売は「年内メド」としている。
この後、記念式典懇親パーティーが行われ、カンリウ工業協力会会長の徳田桂二会長((株)トライアン相互社長)の発声で乾杯、祝宴に移った。









