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令和7年6月23日発行 第3556号 掲載

97周年記念社員研修旅行に500名参加/ヤハタ

 農機部品の大手・(株)ヤハタ(米田正社長・大阪府八尾市新家町3の51)は6~8の3日間、「ヤハタ(グループ)創業97周年記念社員研修旅行」を挙行した。海外6拠点(中国、タイ、ベトナム、米国、インドネシア、インド)からの社員(勤続10年以上対象)および国内社員を合わせ、総勢500名が旅行に参加。初日は関西オフィスと新物流拠点「関西ロジスティクス」、本社技術開発センターを視察後、大阪市内のホテルにてグループの総会と記念パーティーを開催した。翌7日は大阪・関西万博を見学、8日は大阪・京都・奈良を観光し、社員同士の親睦を深め見聞を広めた。
 初日の6日、午後5時30分からリーガロイヤルホテル大阪・ヴィニェットコレクション(大阪市北区)の光琳の間にて記念パーティーを開催した。冒頭、挨拶に登壇した米田社長は、海外社員も含めた参加者に開口一番「Yeah!」と発し、「ようこそ日本へ、ようこそヤハタへ、大阪・関西万博へいらっしゃいませ」と挨拶した。
 続けて「社会に貢献することは企業の義務であり、その取り組みの一つとして、今回の万博の成功に向けて寄付をさせていただいた。国内外の社員の皆様には、ヤハタを代表して万博に参加することで貢献していただきたい。そして万博では近未来を体感していただきたい、との想いで今回の研修旅行を企画した」と力を込め、研修旅行の企画に携わった関係者に謝辞を述べた。
 スピーチでは「100年企業のヤハタをどう創造していくのか」、100年を迎えたその後、「さらにその先のヤハタはどうあるべきか」を念頭にチャレンジすることを参加者に訴えた。
 「今日の先に未来がある」と考えず、「未来のために今日がある」と考え、「私も未来のヤハタを創る一人として皆様の仲間であると確信している。ヤハタグループの創業100周年には、グループの総売上1000億円を達成しましょう」と力強く呼び掛けた。
 次にグループの役員および関連会社の代表者が一人ずつ司会者から紹介され、紹介のあった参加者は立ち上がるとスクリーンに映り、手を振ったり、お辞儀するなどして挨拶した。この後乾杯の挨拶では、海外拠点の代表者6名と国内の代表者2名が登壇。各代表者が順番に「乾杯!」と母国語で大呼していくと、参加者は慣れない言葉を楽しみながら復唱し、杯を上げていった。
 続いて今年5月から稼働を始めた新たな海外拠点、インドからの動画がスクリーンに映り、現地社員が「Cheers!」と呼び掛けた後、会食が始まった。5人編成のバンドがジャズ風の音楽を奏でながら会場を練り歩いて座を沸かし、歓談会食で盛り上がるなか、ヤハタグループ名誉会長の八幡公造氏が中締めの挨拶のため登壇した。
 「今回はグループ内での集まりでした。次回100周年の時は取引先にもお集りいただき、もっと盛大なものにしたい。私もそれまでは生きていたいのでよろしくお願いします」と快活に挨拶し、「100周年には総売上1000億円を掲げています。売上の数字を毎期10%増で積み重ねれば達成できる。私もそれまで頑張りますのでよろしく!」と声を上げると、会場は万雷の拍手で包まれた。
 八幡名誉会長はそのままマイクを握り、席で歓談する中村将司取締役専務を舞台に呼んだ。微醺のようすで登壇した中村専務はピアノ奏者にリズムを指示し、演奏が始まると拳を上げてアリスの「冬の稲妻」を熱唱し、参加者を大いに沸かせた。
 会場を覆う熱気のなか、ピアノ奏者は「Happy Birthday tо Yоu」を弾き始め、83歳になった八幡名誉会長の誕生日を祝った。舞台には代表取締役会長の和田正氏も登壇し「最近、ゴルフの回数が増えた名誉会長は心身ともにお元気で、超人かと思う。100周年の時もこの調子で頑張ってほしい」と祝辞を述べ、拍手喝采のなか記念パーティーは閉宴した。
 翌7日、海外組は専用バスで、国内組は電車などで大阪・関西万博の会場へ向かった。8日は大阪・京都・奈良にて観光し、海外組にとっては日本への造詣を深める絶好の機会となった。
 なお、記念パーティーに参加した本紙の記者も7日に万博へ行き、パビリオン「未来の都市」に入る(株)クボタのアトラクションを見学した。

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